2006'12.22 Fri

食べていい動物?

「動物愛護」って言う言葉を聞くと、なんだかちょっと身構えてしまうというか、一歩下がって様子を伺ってしまうというか、妙に胡散臭く感じてしまうのは自分だけだろうか・・・。

「なんでだろう?」って色々考えてみたのだけれども、なんとなくそういう事の根底に「可愛らしいから」とか「賢い動物だから」とか、そういう理由があって成り立っているような気がするからだ、と思い当たった。

例えば、クジラは賢い哺乳類なんだから食べるなんてけしからん!ていう理屈は、じゃあ牛はバカで美味しい動物だから、どんだけ食べてもいいのかなあ?って思うし、

「ベジタリアン」だからいいのかというと、食いタンでも言ってように(笑)同じ生き物なのに、動物はダメで、植物は食べても良いっていうのは、なんか理屈としておかしくないかな?と思ってしまう、第一、そういう事を言い出したら人間は食べられるものがなくなってしまうから、生きて行く事ができなくなってしまう。

片方で「動物愛護」を訴えながら、その片方ではビーフジャーキーとか、豚耳の乾かしたやつとか、鶏のササミを美味しく煮て、愛犬に食べさせる人の思考がどうもよくわかんない。

極端な事を言うと、日韓オリンピックの時に韓国は「犬を食べる」からといって、すごい非難をあびていたけれども、じゃあ、牛とか豚とか鶏を食べることと、犬や猫を食べる事にいったいどのくらいの違いがあるのかっていうと、動物が動物を捕食するという事に関しては、なんの違いもないと思うのだ。

崖から落ちそうな犬を助けるとか木に登って降りられなくなった猫を救助するとか、アザラシがなんとか湾にやってきたとか、いちいちそういう事でヨノナカは熱狂したりするわけだけども、なんかなあ・・・なにかよくわからないけど、違う気がするんだ。もちろん、その場にいたら「なんとかしてあげたい」と思う気持ちも、もちろんよくわかるのだけど。

子供の情操教育というか、「命とは大切なものだ」という事を教えるために小動物を飼育するのは良い事なのらしいけど、人間に捕食される動物達の命とその小動物の命の重さは、どうみても明らかに違うわけで、そういう事を隠蔽したまま「命とは・・・」とか言われても、全然説得力ないんだよね。

少し前に崖から子猫を放り投げて殺した作家の人が、そのことをうっかり書いてしまったもので、ものすごい非難されていたけれども、ある意味、その作家に共感できる部分があったので「なんで皆、そんなに鬼の首をとったように、大喜びで彼女を非難するんだろう?」とはてなマークがいっぱい浮かんだ。

年間に保健所で処分される犬や猫たちは約60万頭になるそうで、野良犬や野良猫だけじゃなくて、迷い犬とか、持ち込みによる処分がその大多数を占めている。「苦しんで死んでいく姿をみたくない」なら、初めから飼わなければいいわけで、汚い部分だけみないようにして、ペットと一緒にいて楽しい嬉しいだけの人たちよりは、責任をもって自ら「処分した」その作家のほうがどれだけ潔いかと思ったのだった。

もちろん「生き物を殺しちゃいけない」という基本的なルールが成り立たなくなると、殺伐とした混沌としたヨノナカになってしまうから、「動物虐待」というのはよくない事なのだけれども、汚い事に目をつぶって、ひたすら「命は大切です」と訴える「動物愛護」ってなんとなく「ウソ臭いなあ」と思うのだった。

小さな生き物を愛らしいとか、守ってあげなくちゃていう感情って、理屈じゃなくて、もっと理由のよくわからない根本的なことなんじゃないかと思う。だから、環境がどうとか、命がどうとか、じゃなくて「私はイルカがとっても大好きなので、食べたりするのは許せません」とかいう感じで正直に言ってもらったほうが、よっぽど「なるほどね」って納得するような気がするのだった。

文化によって「大切だ」と思う動物は全然違うわけで、そもそも人間は色々なものから命をもらって生きているし、好き嫌いで害をなす動物を認定し気まぐれに動物を殺すこともある凶暴な動物だ、という事を自覚しないまま、わざわざ、よその国の大使館までクジラの死体を持ってきて「動物愛護」をアッピールするのは狂気の沙汰というか、よけいなお世話なんだと思うのだった。


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