2007'02.24 Sat

約束

●前々回のおはなし→招かれざる!?モンジロウ
●前 回のおはなし→クソガキだったころ

※続きものなので、初めてこのエントリーを見た方は、前々回あたりから読んで頂けるとわかりやすいかと思われます。




一度も会った事はないけど、オジジは不器用で優しい人だったそうだ。それから、娘(僕の母)の出生届けの時に、漢字を一文字間違えて申請してしまったウッカリな人でもあったらしい。

ある日、オジジが蒸発してしまったから、オババは東北の田舎町を転々としながら女1人で子供2人を育てた。子供達が独立すると再婚したけれど、それからもずっと仕事を続けていて、定年で退職した後も「どうしても手伝いに来て欲しい」と頼まれて週に何度か出勤している。

小さいころ1人で遊びにいった時は、いつもオババの働いていた会社の休憩室で僕は座って本を読んでいた。オババの同僚のおばちゃんががコップいっぱいのトマトジュースを持ってきてくれたけど、トマトが嫌いだった僕は一口も飲めなかった。せっかく気を使って持ってきてくれたのに悪い事をした、といまでもたまに思い出す。

うちの家庭はとにかくめちゃくちゃで、離婚だとか愛人とか知らない兄弟がいたり、親戚もどれが誰の親戚なのかよくわからない状態。ナントカサスペンス劇場みたいに愛憎乱れすぎて「そのうち誰か死ぬ、絶対!」という状態になったので、一時期オババの家に一緒に住んでいた。本孫ではない僕に厳しかった義理のオジジの目を盗んで、オババはコッソリとお年玉やお小遣いをくれた。


義理のオジジが死んで、葬式の手伝いにいった時、オババは一度も涙を見せなかった。
独りになってしまったオババのために僕がかわりに泣いた。


凛とした「強くて優しい人」がどういう人か、身をもって教えてくれたような気がする。あんなオババはこの世に1人としていない、と僕は思う。オババが望むなら、なんでもしてあげたいと僕は思っているくらいオババの事が好きだ。




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オババが帰る日、電話で「次に来たときは、きっと車であちこち連れていってあげるからね。」と約束をした。

「帰ったらまた絵葉書でも送るネ」といってオババは帰っていった。



オババは確率的に言えば、たぶん僕よりも先にこの世からいなくなってしまう。
だから、僕はすこし焦ってしまう。


絵の仕事は、はじめるのは簡単だけど続けていくのはとても難しい。モチベーションが下がってしまったらそこで終わりだからだ。

なりゆきで始めてから5年目くらいでモチベーションが続かなくなってしまい、現在開店休業中なのだけど、一番喜んでくれる人に、僕が「ちゃんと立派にやってるよ」という証を見せたいと思っていて、つまるところ、僕の目標とするところは、そのあたりなのかもしれない。

そういう動機が正しいことなのか、間違っている事なのか、よくわからないけれども。






でも、いまのところ

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と、思ったりしているのだった。





長いので3回にわけたけど、
この話はとりあえずおしまいです。

3日連続で読んでくださった方、ありがとうございました。




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2007'02.23 Fri

クソガキだったころ

昨日のあらすじ
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田舎からオババが上京してくる日をすっかり忘れていたびびさん。
オババにモンジロウを会わせようと、愛犬モンジロウと一緒に実家へ帰るが、家族にちょっぴり冷たくされ「うちの家族、犬が嫌いなのかも!?」と思ったのだった・・・。
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いまから十年近く前のお話。

はたちのころ


高校を卒業してから美大予備校に通ってみたり、フリーターと称して遊び歩いたりしていたのだが、そろそろ将来の事を真剣に考えようと思い、知人の紹介でなんとなくデザインの学校に入った。

卒業後、就職するも試用期間中にブチ切れてやめ、再就職するものの半年もたたないうちにやめちゃうようなこらえ性のないびびさんの事を見ていて、親はきっと「もう、こいつはどうしようもない。ダメだ!ダメダメッ」とか思っていたに違いない。



その後、もののはずみでイラストレーターになり、こまごまとした仕事を色々とやるようになったのだが、いっこうに金にはならず。

イラストレーターは社会的身分で言ったらゲゲゲのゲ。それ一本で人並みな生活ができる人はほんのひとつまみ。絵柄や手法によって手間や時間がかかっても、もらえるギャラにそういった部分は反映されない事の方が多い。学歴・受賞歴・実績、ネームバリューが全て。

主婦のお小遣い稼ぎなんて揶揄される事もあり、事実そうだったりもするような変な職業。実際やってみると、わりと有名なイラストレーターでも兼業の人が多い事を知ったのだった。
それなのにわりと「お洒落でステキな職業」とか勘違いされてるフシがあって、とても不思議だった。

そもそも「何か作りたい」と思う事って、理屈じゃ説明できないとても衝動的な事で、理由なんてない。まして、それがお洒落かどうかとか、金になるかならないかっていう事とは全然関係ない事だと思う。

でも、商業ベースにのってそれをやろうとすると、話は全然変わってくる。生活ができるくらいの収入が得られないと、ものすごく困るし、稼ごうと思って出過ぎると飽きられ、篭りすぎると忘れられる。

当時は「絵を描いて、雑誌や広告につかってもらえて、それでお金ももらえるなんてステキ」とか思いつつ、生活のために借金をしたりバイトをしながら、絵の仕事を続けていたのだった。


そのうち、本の装丁やCDのジャケットに自分のイラストが使われるようになって、実際に商品として販売されたのだ。本の仕事は小さな仕事だったけど、装丁から挿絵まで全部僕が描いて、それが、とてもとても嬉しくて、親にさっそく報告すると・・・。



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とか




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とか


一緒に喜んでくれて、10冊くらい買ってくれるとか、なんかそういう親バカなリアクションを淡く期待していたびびさんは、ガッカリしてしまい、それ以来、親に仕事の話をするのはやめたのだった。



その時に、唯一、手放しで喜んでくれたのがオババだった。
いまでも宝物にしている、当時オババが送ってくれた手紙。

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↑クリックで拡大します。

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↑クリックで拡大します。



自分で蒔いた種とはいえ、仕事もなく生活費と酒代捻出のために借金をして、本気で「明日食べるものがなにもない」という状態。お金を借りて払わないと、ガスも電気も止まってしまう。

あるのはほんのり見えてきた夢と、空回りするやる気だけ。
でも、こんなにダメな自分も、「頑張ったらこの先なにかあるんじゃないか」と小さな希望を見出しかけた時期だった。


「どうしたら上手に生活できるか」なんてまるきり分からなくて、毎日わけのわからない不安とひたすら向き合って、心がちぎれそうだった。


そんな時に送られてきたオババの手紙を読んで僕は号泣した。



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それから、オババは僕のなかで、少し特別な存在になった。












・・・が、その手紙、宛名面を良く見ると。

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僕と母の「勘違い・思い込み・ウッカリ」は、このあたりから脈々と受け継がれているもののような気がするのだった。


つづく





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2007'02.16 Fri

異文化コミュニケーション失敗の巻

1人で外を歩いている時、友達からは「悪魔みたいな顔をしていて怖いから話しかけにくい」といわれた事があるので、そんなに「俺に近づくなオーラ」を出して歩いているのだろうか?と思ったり、

でも、繁華街を歩いていると「アナタの幸せ」を祈りたがる人とか、手相を見たがる人、それから、春先になると地方から出てきた新入学生をターゲットに、映画のチケットとか怪しげなものを売りつける水っぽいお兄さんによく声をかけられるから「そんなに気安い感じがするのかなあ」て思ったりして、結局どっちなのか、自分ではよくわからない。

近所を歩いていても、銭湯のすぐ横で「このへんに銭湯ありますか!?」とか聞かれたり、道を尋ねられる事もよくあるのだ。


東急東横線の渋谷駅で…



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・・・と外国の人にきかれた。自分はものすごくドメスティックな人間で、英語も喋れないし、見ず知らずの外国の人に話しかけられると、とって食われるんじゃないかってほど怯えてしまうのだ。

それに、普段はめったに東急東横線には乗らないし、その日、たまたま横浜まで行く用事があっただけなので、これから来る電車がタマガワに止まるかどうかなんて全然わからない。

一度は「うーん、わからないネ」とカタコトの日本語風に返事をしてみたものの、この人に親切にしておいたら、きっと自分の国に帰ったとき、困った日本人を助けてあげようという気持ちになるかもしれないよね、と妄想がふくらみ、近くにいた初老のご夫婦に「どうですか?止まりましたっけ?」と聞いてあげたのだった。

旦那のほうが暫く考えたあと、自信満々に「うん、これ停まるね!」と言い切ったので


「停まるんだって、良かったね!」という感じで、その人の方を見ると

ふーん

まるでひとごとのよう・・・




「あんたのために聞いたんだよッ!ありがとうの一言もないのかよ」とちょっと思ったが、きっと彼のお国柄のせい、きっとそう、と自分に言い聞かせて電車に乗り込む。もちろんそのご夫婦には、僕がお礼を言ってあげたのだった・・・。



「人間は左に曲がってしまう」の法則を駆使して座席争奪戦に勝利した僕がふと目をあげると・・・

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それから、暫くして車内はたくさん人が乗ってきたから彼の姿は見えなくなってしまった。

横浜まではずいぶん時間があるし、最近買った本を夢中になって読んでいると、中目黒をすぎたあたりで車内アナウンスが聞こえてきた。

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そうなのだ、乗った電車は「特急」だったからタマガワには停まらないのだ!
http://www.tokyu.co.jp/railway/menu/station.htm




どうしよう、「トマラナイジャナイドウシテクレマスカアナタ!?」とか因縁でもつけられたら困る!と思った僕は、とっさに

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終点の横浜で彼の姿はなく、ホッとしたと同時になんとなく申し訳ない事をしてしまったな、と思いつつ電車を降りたのだった。

家に帰ってきてから落ち着いて思い返してみると「外国の人が、勝手のわからない日本で困っているのだから、助けてあげなくちゃ」て、あの時は思ったんだけど、よくよく考えてみると、あんなに流暢な日本語が喋れるのだから、別に困ってなかったんじゃないの??て思った。

勝手に異文化コミュニケーションと思っていただけで、彼は日本人と外国の人のハーフで、国籍も育ちも日本で、僕が普段乗らない路線の電車に乗った時そうするように、周りの人に聞いて停まる駅を確かめたかっただけなのか、

はたまた、あれはもしかしたら日本語勉強中な外人さんの「日本語レッスン 実践編」てな感じで、ほんとに電車が停まるかどうか聞きたかったのではなく、ただ日本語で知らない人に話しかけてみたかっただけで、だから「ふ〜ん」ていう反応だったのではないだろうか!!とか、くだらない妄想は膨らむばかりなのだった。






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