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昨日のあらすじ
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田舎からオババが上京してくる日をすっかり忘れていたびびさん。
オババにモンジロウを会わせようと、愛犬モンジロウと一緒に実家へ帰るが、家族にちょっぴり冷たくされ「うちの家族、犬が嫌いなのかも!?」と思ったのだった・・・。
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いまから十年近く前のお話。

高校を卒業してから美大予備校に通ってみたり、フリーターと称して遊び歩いたりしていたのだが、そろそろ将来の事を真剣に考えようと思い、知人の紹介でなんとなくデザインの学校に入った。
卒業後、就職するも試用期間中にブチ切れてやめ、再就職するものの半年もたたないうちにやめちゃうようなこらえ性のないびびさんの事を見ていて、親はきっと
「もう、こいつはどうしようもない。ダメだ!ダメダメッ」とか思っていたに違いない。
その後、もののはずみでイラストレーターになり、こまごまとした仕事を色々とやるようになったのだが、いっこうに金にはならず。
イラストレーターは社会的身分で言ったら
ゲゲゲのゲ。それ一本で人並みな生活ができる人はほんのひとつまみ。絵柄や手法によって手間や時間がかかっても、もらえるギャラにそういった部分は反映されない事の方が多い。学歴・受賞歴・実績、ネームバリューが全て。
主婦のお小遣い稼ぎなんて揶揄される事もあり、事実そうだったりもするような変な職業。実際やってみると、わりと有名なイラストレーターでも兼業の人が多い事を知ったのだった。
それなのにわりと「お洒落でステキな職業」とか勘違いされてるフシがあって、とても不思議だった。
そもそも「何か作りたい」と思う事って、理屈じゃ説明できないとても衝動的な事で、理由なんてない。まして、それがお洒落かどうかとか、金になるかならないかっていう事とは全然関係ない事だと思う。
でも、商業ベースにのってそれをやろうとすると、話は全然変わってくる。生活ができるくらいの収入が得られないと、ものすごく困るし、稼ごうと思って出過ぎると飽きられ、篭りすぎると忘れられる。
当時は
「絵を描いて、雑誌や広告につかってもらえて、それでお金ももらえるなんてステキ」とか思いつつ、生活のために借金をしたりバイトをしながら、絵の仕事を続けていたのだった。
そのうち、本の装丁やCDのジャケットに自分のイラストが使われるようになって、実際に商品として販売されたのだ。本の仕事は小さな仕事だったけど、装丁から挿絵まで全部僕が描いて、それが、とてもとても嬉しくて、親にさっそく報告すると・・・。

とか

とか
一緒に喜んでくれて、10冊くらい買ってくれるとか、なんかそういう
親バカなリアクションを淡く期待していたびびさんは、ガッカリしてしまい、それ以来、親に仕事の話をするのはやめたのだった。
その時に、唯一、手放しで喜んでくれたのがオババだった。
いまでも宝物にしている、当時オババが送ってくれた手紙。

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自分で蒔いた種とはいえ、仕事もなく生活費と酒代捻出のために借金をして、本気で
「明日食べるものがなにもない」という状態。お金を借りて払わないと、ガスも電気も止まってしまう。
あるのはほんのり見えてきた夢と、空回りするやる気だけ。
でも、こんなにダメな自分も、「頑張ったらこの先なにかあるんじゃないか」と小さな希望を見出しかけた時期だった。
「どうしたら上手に生活できるか」なんてまるきり分からなくて、毎日わけのわからない不安とひたすら向き合って、心がちぎれそうだった。
そんな時に送られてきたオババの手紙を読んで僕は号泣した。

それから、オババは僕のなかで、
少し特別な存在になった。
・・・が、その手紙、宛名面を良く見ると。

僕と母の「勘違い・思い込み・ウッカリ」は、このあたりから脈々と受け継がれているもののような気がするのだった。
つづく
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